お花教室なのに、見本を置かない理由

教室でよく聞かれることがあります。「先生、見本はないんですか?」
花教室ではどうやら見本があるのが当たり前らしいのですが、私の教室には見本がありません。
見本を作れないから?お花がもったいないから?
いえいえ、そんな理由ではありません。
見本を置かないのには、ちゃんと理由があるのでお伝えしておきますね♪
見本があると、人は見本を見る
見本を見ることは悪いことではありません。
実際、見本があれば言葉で伝えなくてもきれいに作れる人はたくさんいます。
形を分析して、高さを見て、お花の向きを見て、同じように作る。
それも立派な力です。
でも、その時、生徒さんは自分の持っているお花ではなく、見本をみています。
お花は毎回違う
私たちが持っているお花ってみんな同じではありません。
お花の大きさが違う。色も違う。茎の曲がり方も違う。
だから本当は、見本通りに作るよりも、目の前のお花をどう見るか。
その方がずっと大切なことなんです。
切るのが怖い
レッスンを始めたばかりの生徒さんからよく聞く言葉です。
「ここで切っちゃって大丈夫ですか?」そう聞いてしまう気持ち、よくわかります。
私もそうでした。
でも、3か月、1年、2年、5年・・・
少しずつ「ここで切ってみよう」と自分の感覚で思えるようになります。
それは、自信がついたからできるようになったわけではありません。
お花自体を見るようになったからです。
「これもいいね!」
生徒さんが、「先生、こういうのもいいでしょ」と作品を見せてくれます。
作品の中にお花の理論もある。だけど、その人らしさもちゃんとある。
遊び心からデザインされているお花を見ると、私はすごく嬉しい気持ちになります。
でも、これって見本通りにやらなきゃという「あれじゃなきゃ」とか、
こうした方が先生は好きそうとかいう「こうした方がいい」とかじゃなく、
そういうのもあるけど、「これもいいよね」という生徒さんの感覚が育ってきたらできることなんです。
つまり、見本がないからこそ育つ感覚なんですよね。
私が育てたいもの
私は、作品を作れる人を育てたいわけではありません。
花を見て、考えて、楽しめる人を育てたい。
お花屋さんで迷いながらも、「今日はこれにしよう」と選べる人。
家で1本飾って「この枝、おもしろい」と思える人。
そういう人が増えたら嬉しいと思って教室をしています。
見本がない教室は、最初は不安かもしれません。
でも、見本がないからこそ、見えるものがあります。
お花を見ること、自分で考えること、そして「お花って面白い」と思えること。
それが私が見本を置かない理由です。

